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日本初のウスターソースの味を再現…(ミカドソース)

 日本のウスターソースの歴史は明治維新前にまで遡る。
 
 国産のウスターソースは安政元年、現在のキッコーマンが作ったのが最初とされるが、これは市販には至らなかった。
 維新後、イギリスのリー&ペリンソースが日本にもたらされたが、国産品の市販には20年近くの年月を要した。


 明治5年刊行の『西洋料理指南』(敬学堂主人著)には、ソースについて
 

醤油ナリ。此品ハ我国二有セス我醤油ヨリ上品トス。舶来品ヲ用ユベシ。

 
 と説明されている。
 
 「醤油ナリ」との断言が清々しい。(^O^)
 
 日本で初めてソースを発売したのはヤマサ醤油で、1885(明治18)年。
 ただ、「新味醤油」という名で発売されたこのソースは人々の口になじまず、1年で製造を中止している。
 
※一説によるとヤマサ醤油と同年に安井敬七郎が東京でリー&ペリンを元にしたソースを開発販売している。ただこれは薬屋を通じたものだった。販路を薬屋に見いだしたのは敬七郎がもともと仙台藩の御典医の家系の出で、医者だったからだろうと推測されている。敬七郎のソースが一般ルートで販売されるのは1896(明治29)年。この会社は「阪神ソース」として現在も盛業。
 
 この年、日本で特許制度が始まり、ヤマサ醤油も「新味醤油」の特許を取得している。1885(明治18)年9月28日に出願、わずか1ヶ月後の10月30日には「製造特許第53号」として成立している。番号の若さといい、出願から成立までの期間の短さといい、当時、特許制度がまだ浸透しておらずのんびりしていたことが窺える。
 
 その特許の内容は、
 

名称:新味醤油
洋食和食共二調和シテ用ユ可キ極テ好味ナル新規有益ノ新味醤油ヲ発明セリ之ヲ左ニ明解ス。
 此ノ新味醤油ハ日本醤油、西洋酢、蕃椒、胡椒、丁字、蒜、胡すい子ノ七品目ヨリ成ル乃チ其成分ノ割合ヲ掲クルコト左ノ如シ
 
 日本醤油1斗、西洋酢5斗、蕃椒1500匁、胡椒500匁、丁字400匁、蒜250匁、胡すい子150匁
 
 此ノ醤油ヲ製スルニハ日本醤油ニ西洋酢、蕃椒、胡椒、蒜、胡すい子ヲ混和シテ大約2月間放置シ而シテ布袋デ以テ濾過スルモノトス。此ノ醤油ノ用法ハ西洋ノ「テーブルソース」ニ異ナラス牛肉或ハ魚肉等調理品ニ和スルトキハ鹹味ヲ増シ一種ノ芳香ヲ放チ食物ヲシテ一層美味ナラシムルノ効アリ
 此ノ発明ノ専売特許ヲ請求スル区域ハ上文記載ノ如ク日本醤油、西洋酢、蕃椒、胡椒、丁字、蒜、胡すい子ヲ以テ製造スル新味醤油是ナリ

 
 と。
 
 レシピを表にしてみると……
 

日本醤油
醤油
1斗
18リットル
西洋酢
5斗
90リットル
蕃椒
トウガラシ
1500匁
5625g
胡椒
コショウ
500匁
1875g
丁字
クローブ
400匁
1500g
ニンニク
250匁
937.5g
胡すい子
コリアンダー
150匁
562.5g

 
※当時は若干違ったかもしれないが、1斗=18リットル、1匁=3.75gだったとして計算した。
 
 レシピを見る限り、「変わった味の醤油じゃん」って感じだなあ。
 いや、醤油:酢=1:5と考えれば、むしろ今の餃子のタレに近いようにも思える。私は餃子には酢をたっぷり入れた酢醤油が好きだ。(^O^)
 
 うーむ。
 
 ヤマサ醤油から昔いただいた資料にはこれについて、
 

今でいうウスターソースが、新しい味のしょうゆとして認識されたとは、おもしろいものです。

 
 と書かれていたが、「認識された」も何も、作る側もそういう認識だったんじゃないかと思ったりする。少なくとも「今でいうウスターソース」よりは「新しい味のしょうゆ」の方が実態に近いんじゃないかなあ。
 
 これを日本で初めて製造・市販された「ソース」といっていいのかどうかは評価が分かれるところではないかと思う。しかし文献ではこれが「日本初」ということになっていて「通説」という扱いだ。
 
 これは新味醤油がアメリカで「ミカドソース」という名で販売されたという事情もあるのかもしれない。ただ、それをいえば醤油だって「ソイソース」として売られたわけで。
 
 私としてはむしろ安井敬七郎のソース(醤油は使っていない)こそ「日本初のウスターソース」に近いとも思えるのだが、このあたりは「だいたいこのへん」としておくのが結局は一番据わりがいいのだろう。

 と、長々と「日本初」のウスターソースの話をしたのは、この「新味醤油」(アメリカ名「ミカドソース」)を味わえる店ができたからだ。
 
 「店ができた」というのはちょっと違うか。
 
 この7月1日から、定食チェーンのやよい軒で、ミカドソースの復刻版が提供されている。


よみがえる明治の味

 プレスリリースによると、
 

■日本最初のソース『ミカドソース』
明治18年(1885年)に日本で初めて作られたソース『ミカドソース』は、醤油をベースにいくつものスパイスを調合して作り上げたソースです。その味を「やよい軒」オリジナルの『ミカドソース』として現代風に再現しました。
今回「やよい軒」では、3種類の”かつ”定食をご注文いただいたお客様に、通常のフライソースと一緒に、『ミカドソース』をご提供します。是非この機会に甦る明治の味を体験してください。

【対象商品】
・とりカツ定食 780円(税込)
・ロースとんかつ定食 790円(税込)
・ロースとんかつと野菜かつの定食 890円(税込)

 
 だそうだ。
 
 「とりカツ定食」「ロースとんかつ定食」「ロースとんかつと野菜かつの定食」の3種類の定食を注文した時だけ提供される。
 
 私はね、これ、ほんと、嫉妬しておりますよ。
 
 このミカドソース再現企画は何とか自分の手で(?)やりたかった。
 こんなブログをやってる身としてはね。(^^;
 
 「現代風に再現」というのがオリジナルとどの程度違うのかはわからないが、それでもやられちゃったなあと思っている。
 
 とはいえやっぱり、どんな味なのか、気になるじゃないの。
 
 というわけで、早速やよい軒に行ってきた。


ロースとんかつ定食(790円)

 普通に出てきたロースとんかつ定食だが、「すみません、ミカドソースを」と頼むとソースを持って来てくれた。お盆を運んでからソースを持って来るという段取りだったのかもしれない。私が逸ってソースを要求したものだから、本来はどうサーブされるのかはわからない。(^^;
 ただ、率直な印象としては、店としてはこのソースをやや持て余してるという感じがした。(^^;
 持って来てはくれたものの、「ちょっとクセがありますので、一度こちらの小皿に入れて、お試しになってからお召し上がり下さい」と注意された。かなり慎重になっている。(^O^)
 多分普通のソースの感覚で使った人からのクレームがあったのではないかと思う。
 確かにこれをソースだと思って使うと「???」となるだろう。


色は醤油より薄い

 味わってみた正直な感想は、「ポン酢やな」だ。
 
 上記のレシピを見ればそれは想像がつく。おそらくは酢醤油にエキゾチックな香りがついているという印象のオリジナルレシピを、もう少しポン酢寄りにアレンジしたのではないかなと。
 とはいえこれはこれでおいしい。大根おろしがほしくなった。


定食についてる冷や奴にかけるととてもよく合った

 ただ、今回の「再現」にはいろいろモヤることが多い。
 このミカドソースの「再現」は、やよい軒の名前の由来となった「彌生軒」の創業が明治時代に遡ることをアピールするためらしいのだが……。
 
 そもそも「彌生軒」(1886[明治19]年創業)でミカドソースが使われていたという話ではないし、当時はまだトンカツもとりカツも存在しなかったわけで、ミカドソースの発売期間(1885[明治18]年~1886[明治19]年)を考えてもそんな使い方をされたことはなかったはずなんだよなあ。
 だからこれを「是非この機会に甦る明治の味を体験してください」といわれても、そんなものはなかった、としか。(>_<)
 
 あと、上記のとおり日本では「新味醤油」として売られていたので、日本語で書かれた「ミカドソース」というラベルも一体どういうことなんだと思わないでもない(再度書くが、「ミカドソース」はアメリカでの名称)。


ミカドソース(ガワラ立ち)

 そして一番モヤるのは、この瓶の形だ。
 
 「ミカドソース」はどうして「ミカドソース」だったか。
 
 「ミカドソース」の「ミカド」は「帝(=天皇)」ではない。アメリカだからもちろんそういう印象も与えたいとは思っていただろうけど。
 しかし「ミカドソース」の「ミカド」は「三角(三つのカド)」という意味なのだ。
 これはアメリカで売った時の瓶が陶製の三角の瓶だったことから名付けられた。
 
 にもかかわらず。
 
 なんだこの瓶の形は。(^^;;;
 
 そしてそもそも「彌生軒」にしても、プレナス(「やよい軒」運営会社/他にもお弁当チェーン「ほっともっと」を運営)の創業者の祖父が創業した洋食店の名をつけたというだけで、その「彌生軒」がずっと続いて「やよい軒」になったわけじゃない。
 
 ……やよい軒明治の彌生軒を結びつけようとして企画された(推測)「ミカドソース再現」だが、微妙に事実と虚構が入り交じっているという意味で、やよい軒と、やよい軒による再現ミカドソースはぴったり合ってるのかしれない。

 たまに飲食店で、その店で使ってるオリジナルソースを小売りしているところがある。売ってるなら買いたいなあと期待していたんだけども、その気はないようだ。
 まあこのラベルは「復刻」ではなく今回作られたオリジナルのもののようだから、入手できなくてもそれほどは悔しくないけども……。
 
 瓶を見ても貼られているのは安物のレトロ調フォントで「ミカドソース」と書かれたラベルだけで、原材料や製造者などが書かれた部分はない。販売せず店内だけで消費するのだから瓶の形やラベルにさほどこだわる必要がないという判断なのだろう。でも、せっかくなんだからそこは徹底してくれてもよかったのになあ。